社内ルールの整備について
Ⅰ.社内ルール整備の重要性
1.社内ルール未整備の場合の問題点
サービス産業企業に限らず企業が海外に進出する際に、その多くの場合は進出候補国の視察や手続きのために現地出張を重ね、子会社が無事設立された場合には、日本の親会社から社員が出向という形で現地に海外赴任するというケースがほとんどだと思います。 多くの企業や組織において、海外出張や海外赴任の際は規定に従って出張や海外赴任の手続きが取られることがほとんどだと思います。規定に沿って手続きが行われることは当たり前と考えがちですが、今まで海外との接点が全くないビジネスを行っている企業の場合、過去に海外出張や海外赴任の事例がないケースもあり得ます。そういった企業では、社内の海外出張規定や海外赴任・出向規定が整備されていないケースがしばしば見られます。では、こういった規定を整備しないと何が起こるのでしょうか。
2.海外出張規定が未整備の場合
まず海外出張についてですが、海外出張規定が整備されている場合はその規定に基づき日当や宿泊費、交通費などが出張者に支払われますが、海外出張規定が整備されていない場合はこれらの費用が何の名目で、どのような基準に従って支払われるのかが明確になりません。よく聞かれるのは、中小企業のオーナー社長が出張・現地視察名目で海外において会社の費用で豪遊するケースです。本来、規定が整備されていれば出張費用として支給される金額が合計で20万円であるはずのところ、規定が整備されていないため社長が様々な名目で出張費用として会社の金を100万円使ったとします。果たしてこれが妥当なのかを考えた場合、確かに社長という身分で海外出張をする際にはいろいろな費用が掛かることが考えられますが、それは個人に対して支払われる海外出張手当とは別に、正当な理由で会社として支出すべき費用であるはずです。 このように、名目が不明確であるにもかかわらず出張規定がないためにザルな経理処理が行われた場合には、本来不必要な費用を会社が負担したとして、税務当局から不当な税務逃れではないかと疑われ、追徴課税をされることが大いにあり得ます。
3.海外赴任規定が未整備の場合
では、海外赴任についてはどうでしょうか。こちらについても通常、海外赴任・海外出向の場合は赴任・出向者に対して海外赴任手当が支給されることがほとんどでしょう。役職手当やハードシップ手当、住宅費など様々な名目・理由で支給されることになりますが、出張規定と同様に規定が整備されていなければ何の名目でいくら支払われているのかが不明確となるため、海外出張規定がない場合と同様のリスクを負うことになります。
しかし、海外赴任規定が不備の場合のリスクの話はここでは終わりません。 なぜかというと、親会社の社員が子会社に出向し、子会社の事業を行うことが主な業務となる場合、現地子会社が出向社員の給与の100%を負担するのが原則となるからです。言い換えれば、現地子会社へ出向した社員には親会社が給与等の支払いが出来ないということであり、たとえ支払ったとしても損金に算入できない(経費として計上できず課税対象となる)ことになります。にも拘らず、日本の親会社が海外赴任者に根拠もなく給与や手当の支給をすると脱税行為の疑いがかけられ、これも追徴課税の対象となり得ます。 とすると、そもそも日本で海外赴任規定を整備したところで、赴任者の給与が現地で100%負担されるのであれば、その存在価値がないようにも思えます。しかし、この原則には重要な例外が定められています。①現地子会社の給与体系が現地の経済水準に基づいて決められているため、日本人が海外に出向し現地の給与体系で給与の支払いを受けた場合に、日本にいた時よりも給与が減ってしまうケースがあり得ます。この場合、その差額分を親会社側が負担することはルール上認められています。また、②海外子会社の業績が振るわず、会社の業績に応じて支払われるはずのボーナスが支払われない場合、従業員が海外赴任をすることにより不利益を被ることになるため、日本の親会社にそのまま在籍していれば得られるはずであったボーナス分を親会社が赴任者に支払うことも認められています(法人税法基本通達9-2-47)。 こういう税務上のルールがあるものの、現実的には様々な理由で日本において賃金や手当が赴任者に対して支払われていることが多くみられます。その理由としてよく挙がるのは以下の3つです。 まず、①日本で給与が発生しないと日本国内での社会保障(年金や健康保険など)が受けられなくなってしまう場合です。特に、赴任者が単身で海外に赴任する場合、残された家族は日本で生活を継続することになるため、健康保険が受けられなくなるのは大きな問題となる。 次に、②給与を現地通貨で支給されたくない場合があります。主に新興国に赴任をした場合、現地法人から現地通貨で給与を受けたとしてもその通貨の価値が低かったり、為替レートが安定しなかったりする場合があり得ます。このため、財産的価値を担保するため現地で生活費として使う金額以外の給与は日本において日本円で支給を受けたい、という場合があります。 最後に、③現地従業員との給与格差が大きくないように見せたい場合があります。例えば日本人が途上国で子会社の社長ポストで出向した場合、役職手当などを含め相応の給与等が支払われることになる場合が多くあります。一方で、給与・出納の担当者を現地で雇用した場合、現地人の被雇用者に社長の給与等の額が知られてしまうことになり、その給与格差が不満となり、現地人労働者がストライキなどを起こすといったケースが聞かれます。このため、現地で支払われる額を最小限にとどめ、残りの部分は敢えて日本側で支給を受けることによって、給与格差が無いように見せたい場合が考えられます。 とはいえ、これらのパターンはすべて日本側で給与などを支給する場合の理屈ですが、国税庁が認めた親会社が出向者に給与等を支払い損金として算入できる例外には当たりません。では、実際にはどのような形をとってルールを逸脱しないようにしているのでしょうか。 多くの場合が、親会社と子会社との間での業務委託契約や親子間の業務提携などを理由として、本来現地子会社が負担すべき出向者の給与を親会社が「立替払い」する形をとっています。そして、最終的には親会社が立て替えた金額を子会社に請求し、子会社がこれを親会社に支払う形をとることで、形式的には子会社が出向者の給与などを全額負担している形をとることができます。その際、子会社側としても名目や支給基準がわからないものに対して支払いをすることはできないため、親会社側で海外赴任・出向規定を作っておくことで、これを明確にすることができます。
4.まとめ
このようなルール設定は、海外に子会社が設立され赴任者が現地に入ってからでは遅きに失することになります。また、海外出張や海外赴任に関するルール設定は、企業が海外進出を決めた段階から対応することができる分野の一つです。実際に、企業が海外進出を検討しているといううわさが広がると急に税務当局の動きが慌ただしくなる、ということもよく聞かれますので、予期しない追徴課税などを受け企業としての信頼を損なわないようにするためにも早い段階で対応することが望ましいと言えます。
・今まで海外と取引がなかったケースでは、海外出張や海外赴任に関する支出のルールが規定されていないことが多い。
・ルールを規定せずにこれらに関する支出を行うと、必要な経費と認められず脱税を疑われる可能性がある。
・ルール設定は海外進出準備の早い段階で実施が可能。 →海外出張・海外赴任に関する支出の根拠設定は早めに行うべき!